バイクにのる人
SSC HomePage : http://kaki-p.o.oo7.jp/
酷道プチツーリング
梅雨明けはまだ先(といっても梅雨明け直前だと思うが)の関東、週末は晴れの予想とのことで出かけることにした。
普段なら西湘から箱根、または奥多摩あたりで温泉という感じになるのだが、今回は趣向を変えて行ったことのない峠道を楽しんでみることにした。
峠道と言ってもバイパス化されたトンネルなどは無視して旧道や主要交通から外れた峠を選んだコースで…
まずは定番?の正丸峠の旧道。
正丸峠はトンネルが開通して旧道はトレッキングなどの趣味枠の需要しか無くなっているが、某車マンガの影響で一時期は少々アレな状態となっていたらしい。
旧道には珍しくドリフト防止の為かキャッツアイなどが設置されていた。
正丸峠の旧道は30年ほど前に一度だけ来たことがある、バイクの峠ブームの頃だ。
面影は残っているが全く別の道に思えた。
トレッキングな方2名と車1台、バイク2台に遭遇しただけの静かな峠だった。

正丸峠を後にしてこのまま国道299号線つながりで十国峠を越えて佐久に抜けようかと思っていたが、志賀坂峠を越えた上野村の道の駅で休憩中に気が変わって南牧を目指す。
十国峠手前で県道45号線に入って塩丿沢峠を越えるが、塩丿沢峠の旧道は生活道路としては使われておらず、先日の雨で路面も荒れているからとここで横着してトンネルを通過した。
暫くして道の駅なんもくへ到着、ここでRZ250のリアタイヤ周りが泥だらけになってるのに気がつく。
先ほど通過した塩丿沢トンネルの中が濡れていたが、泥水だったらしい…他に到着したバイクの男性達は「うわぁ!」と声を出してもいた。(先行車のタイヤが巻き上げた泥水をかぶってしまっていたようだ…)
気を取り直して道の駅で食事でも出来ないか…と見に行くが1時間くらい先にならないとダメなようだ。
バイクで早朝ツーリング仕掛けると食事は牛丼かコンビニ食になってしまう、なんとかならないかなぁ…無理だろうなぁ…昔はトラック向けの個人営業な定食屋が街道沿いにあったので店毎の違いなどを楽しめたのにね。

道の駅ではちょっとした写真展が開催されていた。
写真家の平野雅俊氏による30年ほど前の南牧と周辺の民家や風景を撮影したものだが、テーマは「石」。
下仁田をはじめ、この周辺は中央構造線とフォッサマグナが入り交じった複雑な地層を有しており、南牧には平地がほとんど無いばかりか石ばかり目立つ地域でもある。
この地に生活の基礎を気付いた先人達が川や山から石を拾っては積み上げ、急斜面に畑を開墾し、人生を終えた方のお墓も急斜面に造られた段々畑のように連なる…その光景を写した写真の構成も引きの絵と寄せの絵が適度に組み合わされており、その場にいるような錯覚さえ覚える(褒め過ぎ?)ような感じになった。
この道の駅に到達するまでの間も、急斜面にあるお墓や、母屋から道路につながるコンクリートの歩道が急勾配だったり、無理やりな設置だったりして面白いなと思っていたが、既に記録として活動されていた方がいた。
南牧は再び訪れて他にも見るポイントがないか散策してみたくなった。

道の駅で次に向かうポイントを考えてみたが、どう見ても田口峠しかない。
目の前の道をまっすぐ行くだけだ。
国道が走る内山峠と十国峠に挟まれた田口峠は県道扱いといこともあって現代の地図では扱いが小さい。
道の駅でスマホを使って田口峠を調べると歴史ある峠のようだ。
しかも、県境と峠はだいたいセットになることが多いが、田口峠に限っては県境が群馬よりにずれている。
そんな情報をもとに道を走ると南牧の中心地を過ぎて山道を暫く走ると川沿いの集落が突如として現れる、羽沢の集落だ。
この集落の少し手前の地名が砥沢、なんでも江戸時代には砥石の産地として幕府の手も入った場所とのこと。
山奥にこれだけの集落があるのもそんな関係からかもしれない。

羽沢の集落を過ぎて見事な倉が連なる馬坂の集落を最後に本格的な峠道になった。
馬坂の地名は大昔に国境を決める為に峠の両端から鶏の一番鳴きを出発の合図に峠を目指し、お互いが出会った場所を境界線にしようとして、片方は馬、片方は牛を使ったために西側から馬で峠を駆け登った側は峠を越えてしまい、この馬坂で牛と出会ったとされている。(他にも西側の陣営は鶏を早く鳴かせることができる技術があったなど諸説あり)
峠道はひび割れて、落石により小さな石も多く転がり、そこへ落ち葉や砂利が重なる悪路だった。
しかし道中に木々は枝の伐採が施され、適度に世代交代を行っている人の手が行き届いた林業の山だった。
バイクを停めてミニ魔法瓶に入れたアイスコーヒーを飲みながら休憩していると蝉の声に風の音、静かな山の空気に心が洗われる感じだった。

その後は噂通りのくねくね道が延々と続き、小さなトンネルを幾つか通過して峠の頂点へ。
頂点といってもトンネルが一つに田口峠を示す看板が一つあるだけで他は何もない。
志賀坂や上野村でツーリング中のバイクを数多く見たが、馬坂からここまでにすれ違ったのはバイク2台に車1台、途中の撮影中に抜いていったバイク1台、これだけだ。
ここまでの悪路だとアメリカンはまず来たがらない、オンロードも大排気量車両はストレスが貯まるだけだ。
オフロードもしくは250ccの軽量スポーツ車あたりまでだろう。
こんな峠道のほうが情緒があって面白いと思うのは少数なのかもしれない。
また来よう(笑

田口峠を降りた後は佐久経由で松本まで。
佐久市を抜けている最中に気温36度の電光掲示板を見たような気もするが気のせいだろう。
水分補給をしながらここまで何も食べていないことから空腹感に襲われるが、青木村を経由して一気に松本まで抜けた。
松本に抜ける為の峠は国道143号線の青木峠が一般的だが、ここでも気が変わって県道181号線の保福寺峠へ。
小さな集落を抜けて山道に入った瞬間に少しだけ後悔した、あまりに道が荒れすぎているのだ。
軽トラック1台が通過できれば良いような幅員に小枝や砂利が浮きまくり、更に濡れている。
沈んだり大きなひび割れの箇所はアスファルトが盛られて補修されているものの小さなカーブを曲がるときに小枝や砂利で前輪と後輪が滑るのは幾度も。(軽量でタイヤ幅が細いRZなので軽く逆ステアを当てつつニーグリップをしっかりすれば難なくクリアできてしまう程度)
そんな道でもすれ違う4輪は5台?にバイクが1台(!)
車はともかく、他にバイクがいるとは思わなかったので少しだけ嬉しくなった。
見どころもないし道も悪いので二度と…来るだろうなぁ(笑
でも台風や大雨の後は勘弁かな、崩落が怖い。
そんなんでペレファ・カフェへ到着。

ともかく空腹、朝4時に都内を出てからここまで空腹を紛らわすための缶コーヒー3本に水1Lだけしか口にしていなかった。
カレーのチョモランマを頂く。(卵が顔、レンコンが角となった鹿のイメージだそうです)
他にも常連のお客さんがいたので談笑に混ぜて頂き、気がつけば夕方5時の閉店時間。
お店の前でレイコさん達とお話ししながら最後にジャンプ!をしてペレファ・カフェを後に。

時間に余裕があれば新平湯のACOOPまでと思っていたが、RZ250のチェーンに僅かな引っ掛かりを感じていたのと時間的にACOOPの営業時間に間に合わなさそうなので東京へ直帰することに。
中央道はいつもの渋滞が小仏トンネルを陣取っていたので更埴JCT経由で上信越道→関越道のパターンで帰途につく。
途中、給油のために寄った横川SAで東の空から満月が姿を現しているのに気がつく。
年齢的にオッサンからジジイに変わっていく体力故にSA毎に月を眺めながらの休みを入れ、夜10時に帰着。

この日の最高燃費は16km/Lで志賀坂→南牧→田口峠→佐久を抜けた区間、砂利などが浮いた道ばかりなので3000〜5000rpmばかり使い、アクセルワークもシビアに抑えていたからだろう。
最低燃費は12km/Lで横川SA→練馬出口までの関越高速区間、道が空いていて80kmだとトラックにさえ邪魔扱いされるので100km/h巡航するのに6000〜7000rpmを多用したからだろう。
走行距離は550kmほどだった。
ニードルクリップの段数を変更してから初の標高1000m超えだったが、空気密度が下がってもパワーバンド手前のトルクの谷が惨くなることはなく、少しだけ引っ掛かりはあるものの扱いは狙った通りのものだった。
これから夏の高気圧に覆われて湿度も増すだろうから、今年の夏向けセッティングはこれでいいかな。

さて…泥だらけになってしまったスイングアームの洗浄とドライブチェーン(とスプロケット)のチェックをするか。
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://ridesbike.blog97.fc2.com/tb.php/695-aa764520
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック